父親との思い出
次に向かったのは、ライナスの通っている魔術学校だ。彼も今年度で卒業なので、今年中には祖国へ帰る事になっている。結構一緒にいることが多かったから、彼が帰ってしまったら私はさびしいと思うだろう。
校内に入ると騒ぎになりそうだったから、授業がちょうど終わって門の辺りで偶然会えたら一緒に散歩でもしようと思っていた。だいたいいつもこのぐらいの時間に授業が終わると聞いていたから、会えるかもしれない。
最近の私は……少なくとも二年前と比べて、ライナスに対する気持ちが少しだけ変化したことに気がついた。以前は、友好国の王子だから失礼の無いように、と気を張っていたが今は、一緒にいると安心する。そして、今日みたいに理由も無くライナスに会いたくなってしまうのだ。
魔術学校の門の前で、他の女生徒たちから熱い視線を一身に受けている男子生徒が立っていた。あんなに目立つのライナスしかいない。
ライナスは女の子たちに囲まれながらも、門の前に立っている私に気がついたみたいで手を振ってくれた。私も手を振り返すと、ライナスを取り囲んでいた女の子たちから非難がましい視線を向けられる。
そういう視線を向けられると分かっていても、私はライナスに手を振り替えしたかった。前はそう思うことはなかったけれど、最近の私は少し……変わった。
「珍しいね、門の前で待っているなんて」
ライナスが私に駆け寄って優しい声をかけた。私は、視察のついで……と言葉を濁してライナスを見上げた。本当は、ついでではなくて早く逢いたかったからだけれど、そんなことは素直になぜか言えなくなった。
「なにか、重大な用?」
私たちは並んで歩いた。ライナスは、安全のために馬車での通学をすすめられていたみたいだが、マロウは安全だとライナスはいって、ずっと徒歩で通学している。もちろん、護衛の人はついているので、一人きりでの通学ということはない。マロウが安全、と言ってくれたことを私はすごくうれしかった。
「用……というか……個人的な質問だけれど……」
私は、政治的に意味が発生しそうな個人的な質問をするときには前置きをするようにしている。とくに、ライナスは他国の王子であるから、私的発言であるのかそうでないのか、というのは大きな違いがある。
「お父様の容態は、大丈夫なのかしら?」
ライナスは、そのことに表情を暗くした。もしかしたら、あまりよくないのかもしれない。
「ここでは、話せないから部屋で」
私はうなずいた。
「……でも……僕も人の子なんだ、と気がついたよ」
晴れ渡った空を見上げて、ライナスはつぶやいた。
「父上のことを心配するなんて、思いもしなかった」
ライナスがマロウに来てから、ずっと澄んでいる邸宅に私は案内されて、彼の私室へと向かった。ライナスの部屋は、ルクセリア王国の家具とベツヘルム王国の家具が入り混じっていて、すこし不思議な雰囲気だ。上手に混ざっていて、すっきりしている。
すぐにお茶が運ばれてきて、私はライナスと向かい合って座った。
「僕は、父上との思い出はいつも怒られていたということしか覚えていないから」
ライナスは、お茶の入ったコップを両手で包んで手の中で弄びながら言った。
「僕は、妾腹の子供だからとちょっとひねた子供だったんだ。よく家を飛び出して帰ってこなかったり、母親に罵声を浴びせたり、いたずらをして周囲を困らせたり……そのせいで学校も退学になったこともあるな」
落ち着いた雰囲気の今の、ライナスからはまったく想像もつかない子供時代の話だ。