「母上は、いつも泣いておられて……家庭教師も僕に手を焼いていた。そんな時、父上は僕の屋敷に来て烈火のごとく僕を叱った。反発したけれど、父上には絶対かなわないんだ。その後、僕は城に引き取られて、ほかの兄弟と同じように生活した。……それでも、僕は問題児でね……やっぱり、父上が僕を叱った。普通なら、世話係を叱って僕の面倒をちゃんとみれないことをとがめるけれど、父上は世話係を叱らないんだ。僕の根性が曲がっているっていってね、僕のために僕のことを叱ってくれた」
 ライナスは、お茶を飲んで苦々しそうに笑った。
「会えば僕のことを叱る父上が、大嫌いだった」
 ライナスは、寂しそうにため息をついた。
「元気だった父上が、病気だと知って僕はすごく不安になった。こんなに心配するなんて思わなかった。……僕は、父上が大嫌いだったのにね」
 私は、なんと言葉をかけていいのかわからなかった。ライナスは優等生で、小さいころからそのような人なんだと思っていた。けれど、実際は違っていて……いろんなことを経験してこういう人になったんだ。
「……すぐにでも、帰りたい?」
「そうだね……でも、僕が帰国を許されるのは、父上が危篤状態になったらだ」
 ベツヘルムから、ルクセリアまでは馬で一週間の時間がかかる。本国で、危篤状態になってから、ライナスが呼び戻されても、もしかしたら、父親の死に目には会えないかもしれない。
「私にできることがあったら……遠慮なく言ってね。できるかぎり、力になるから」
 それから、私たちは他愛ない話をしていた。ライナスは話題も豊富で、面白い話をたくさん知っている。家のことが気になるだろうに、さきほど話した時以外は悲しそうなそぶりをまったく見せない。それが、私にはたまらなく切なくさせた。


 総督府に戻ってからも、特に重要な仕事というのはない。一時と違って、マロウもだいぶ落ち着いたのだ。海賊が横行するなんてことは、私がマロウにいる限りさせるつもりはない。平和が一番いいと思っていても、こうしてふと、空いた時間に思い出すことがある。まだ、自分の出生を知ったばかりのころ、父王がお気に入りの占い師から予言された、不気味な言葉。その最後の年が今年だ。予言されてきてから、争いごともあったけれどそれはどれも小規模なもので、国が揺らぐというほどではなかった。だけれど、占い師は「国が揺らぐ」ということをいっていた。そんな戦いは、ないにこしたことはない。だけれど、あの占い師ははずれたことがないのだ。これから、そんな戦いが起きるのかもしれないが、私にはそのような要因をみつけられない。
 はずれたことがない占い師だって、たった一回ぐらいはずれるかもしれない。それが、あの予言だったらいいな、と私は思う。戦さに出るのはいやだ。だけれど、もっと嫌なのは、私の大好きな人たちが戦さで命を落とすことだ。そんなのは嫌だ。だったら……戦さのない世界にしたい。
 大好きな人たちが、戦さで命を落とすなんてことない世の中に……。

 だけれど、そんな私の願いもむなしく、ベツヘルム全土を巻き込む火種が、マロウ総督府へ火急の使者として駆け込んできていた。

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