急を告げる風

 そろそろ寝ようかとランプの明かりを絞ろうと手を伸ばしたとき、部屋の外からエヴトキーヤの密やかな呼び声が聞こえた。
「ルシーダ様、お休みのところ申し訳ございません。火急の使者が参り、殿下にお会いしたいと」
「わかりました……広間でお待ちいただいてください」
 何だというのだろう。そんなに急ぐことがあるだろうか。大体、急ぎの用事というのは、王都からの連絡だけれど、定期連絡がきたばかりであるし、なにか起きそうな感じはなかった。私は、夜着の上からガウンを羽織り、頭にヘジャブを巻いて広間に向かった。

 頭をたれて、広間で待っていたのは酷く疲れているように見える男だった。おそらく、その力のほとんどを移動のために費やしてきたのだろう。今にも倒れそうだ。私は顔を上げさせて、話をするように先を促した。男は喉から搾り出すような声で、一言告げた。
「陛下からの親書にございます」
 恭しく差し出された手紙を、エヴトキーヤが受け取って私に手渡した。手紙には、国王陛下の花押が施された蝋の封印と紐で結ばれて厳重に中が開かれないようにされていた。
 私はそれをとき、手紙に目を落とした。
 そこには、ルクセリア国王がすでに死去したこと、バードックルート家がルクセリアと通じていて、国王死去の知らせと共に、バードックルート家の当主一家が出奔したこと、バードックルート家ゆかりの者を、一人残らず捕らえ、首都へ送還しろと書かれていた。
 バードックルート家といえば、王宮内でヤシュファーン・ジェルセミウムに切りつけられ、それが「決闘」と判断されて両家ともお取り潰しになったはずだ。
 お取り潰し、といっても一族全員が処刑されるわけではないから、細々と生きていたのだろう。切りつけられた、いわば被害者側なのに、取り潰しになったのをバードックルート家はずっと恨みに思っていたのだろうか。
 だけど、もっと気になるは「ルクセリア国王死去」だ。
 ライナスは知っているのだろうか。もし、知ったとしたら……あの人はどんなに悲しむのだろう。遠い異国の地にあって、死に目に会えなかったばかりか、もしかしたら、葬儀にも間に合わないかもしれないのだろう。
「わかった。……陛下にお伝えして『承りました』と」
 兵士は返事をしてそのまま、今にも王都へ取って返そうとしていた。立ち去ろうとする、その後姿に私は声をかけた。
「もう遅い、使者は休まれよ。急ぎの手紙ではあるが、陛下は返事を急いではおらぬ。今宵休まれて、明日の朝王都へ帰るがよい」


 私は、私室に戻り手元のランプの明かりだけで、クッションの上に座った。先ほどの知らせで、
 眠気など吹き飛んでしまった。バードックルート家がルクセリアと通じていると父王は考えているようだが、なにがあったのだろう。……確かに、ルクセリア国王死去、の知らせと共に出奔となれば、何か関係がありそうだとは思うけれど。ルクセリア国王の死に乗じて跡継ぎ争いのごたごたにバードックルート家がかかわっているのだろうか。
 ベツヘルム王国でのことなら、自分たちの利権を得るためだろうと考えられるけれど、他国の跡目争いにわざわざ自国を裏切ってまで参加するだろうか。でも、バードックルート家は、不当にお取り潰しになったと考えられていたら……?
 でも、同じようにジェルセミウム家もお取り潰しになったのだから、両成敗と納得しないものだろうか。
「うーん……ダメだなぁ」
 私は、頭を右手で軽くたたいた。少ない情報で、あれこれと考えてしまう悪い癖だ。いつも、ライアに「より多くの正確な情報で、物事を判断してください」と言われているのに。
 気をつけないと。

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